絵本を作りたい!絵本作家になりたい!

絵本教室に通った経験から、絵本を描いてみたい、作ってみたい!あわよくばプロとして絵本を出版したい!という方向けに有益な情報を提供していきたいと思います。

こうして絵本作家になりました。その2(絵本作家になるには)

意味深なタイトルですみません。
その1に続いて、その2です。


私が絵本作家になれたわけではないのですが
著名な作家さんたちはどんなかたちで絵本作家になったのか
まとめております。

講談社の絵本通信というサイトの
「絵本作家という仕事~わたしはこうして絵本作家になりました」
を参考にさせていただきました。

詳細は本家サイトをごらんくださいね。

 


〇たしろちさと

プロフィール
1969年東京都生まれ。
明治学院大学卒業後、4年間の会社勤めを経て、絵本の制作を始める。
2001年『みんなの家』(福音館書店)で絵本作家デビュー。

作品
著名な絵本編集者マイケル・ノイゲバウアーと組んだ作品『ぼくはカメレオン』(元ノルドズッド・ジャパン 現グランまま社)は、2003年に世界7か国同時発売となる。

『5ひきのすてきなねずみ ひっこしだいさくせん 』(ほるぷ出版)で、
日本絵本賞受賞。
主な作品に、『ねずみのじどうしゃ』『かあさん』『ねえ、あそぼうよ』(いずれも福音館書店)、『くんくん、いいにおい』(グランまま社)『ぼくうまれるよ』(アリス館 ブラティスラヴァ世界絵本原画展入選)『クリスマスのおかいもの』(講談社)などがある

 

絵本作家になったポイント
・父親が趣味で絵を描き、自分も自然に絵を描くように。
・両親、祖母が毎晩交代で読み聞かせをしてくれた。
・両親と絵本を作ったり、ものづくりをして楽しんだ。
・中高時代はやりたいことがみつからず、経済学部へ。
・宝飾関係の会社へ就職したが、絵本を作るために4年で退社。
・絵本の専門学校へ1年通ったが身にならず。朝日カルチャーセンターへ2年通う。
・持ち込みをしたが、酷評を受けた。
・その中でよい編集者との出会いがあった。
板橋区立美術館の夏のアトリエでスロヴァキアの絵本作家ドゥシャン・カーライさんに出会い、アクリルガッシュを勧められる。
ボローニャに行き、著名な編集者マイケルにアドバイスをもらう。
・板橋美術館で開かれたワークショップでマイケルと再会し、出版が決定。世界で出版される。

 

絵本作りをする方へひとこと

編集者に見てもらうって、すごく勇気がいることかもしれませんが、
あまり深刻になりすぎないように、いろいろチャレンジするといいと思います。

 

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武田美穂

プロフィール
1959年、東京都生まれ。日本大学芸術学部美術学科中退。
1987年『あしたえんそく』(偕成社 クレヨンハウス絵本大賞最優秀作品)で絵本作家デビュー。

作品
'91年『となりのせきのますだくん』(ポプラ社)で絵本にっぽん賞・講談社出版文化賞絵本賞、2001年『すみっこのおばけ』(ポプラ社)で日本絵本読者賞受賞。主な作品に『こわいドン』『ありんこぐんだん わはははははは』『かげ』(いずれも理論社)、『ハンバーグハンバーグ』(ほるぷ出版)など。
NHKの子ども向け番組のキャラクターデザイン、
小学校等での子ども向けワークショップなども手がけている。


絵本作家になったポイント
・両親は映画関係の仕事をしていて影響を受けた。
・幼稚園のころから絵を描くのが好き。
・中3のとき中学の先生が絵の道をすすめてくれて
 日本大学鶴ケ丘 芸術コースに進んだ。
日芸美術学科油絵科へ進むが弟の看病で2年で中退。
日生劇場、出版社などのアルバイトを経て、区立図書館の産休補助職員になり、師匠となる女の子に出会い、絵本の魅力に気づく。
・「ますだくん」を持ち込みで酷評される。
・別の編集者にコマ割り表現の先駆者になろうといわれる。


絵本作りをする方へひとこと

真剣に絵本作家を目指すかたは、自分の才能を信じてあきらめないことです。
だれかが「これ下手ね」っていっても、
「この人には私の才能がわからないんだ」って気にしないことです。
最後まであきらめないでがんばるのが大事。

 

 

海外経由で出版にこぎつけたたしろさん。
ボローニャまでいって編集者にみてもらうなんて
本当にガッツがありいます。

武田さんはいろいろな仕事をされていて
絵本作家一筋できたわけじゃないのが
逆にあの作品をうみだしているんだなあと感じました。
経験は大切ですね。